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企業内通訳の心得 〜現役駐在員が教える、「伝わる」通訳〜

はじめに

本稿では「企業の中で、通訳を担当する人」を「企業内通訳」と定義し、その心得を解説していきます。

言うまでもなく非常に重要なこのポジションですが、意外とその仕事の進め方、学び方は個々人によってバラバラです。

また語学学習には終わりがなく、時に迷い、悩み、孤独を感じるもの。

そんなみなさんの一助になれば幸いです。

筆者について

私はいわゆる「海外駐在員」として、多くの方に通訳をしてもらってきました。

はじめは中国・江蘇省に2年、そのままタイ・バンコクに異動し2年。それから12年ほどの 時間を経て、現在は中国・広東省でまた多くの通訳さんと一緒に仕事をしています。

この間、のべ数十人の方に通訳をしてもらった経験から抽出したエッセンスが本稿の大きな柱の一つ。

また、私自身が通訳をしていたことも、もう一つの大きな柱です。

タイ駐在時、社内に日本語↔タイ語の通訳はいましたが、対外的な仕事のほとんどは英語でした。勤務していたタイの会社はASEANエリアの統括販売拠点でしたので、域内の代理店経営者が仕事相手となります。

彼らの多くは富裕層。インターナショナルスクールや欧米の大学の卒業生で、ほとんどネイティブスピーカーと変わらない英語を話します。

その経営者たちと、日本本社役員との会議、会社説明会などすべての通訳を担当しました。かなりタフな契約・価格交渉から会食、雑談、休日のレクリエーションまで全てです。

通訳する立場、してもらう立場両方を経験をしたからこその「心得」をお伝えしていきますので、ぜひ最後までご覧ください。

そもそも「企業内通訳」とは

通訳は大きく2種類に分けることが出来ます。通訳する人、団体に、「雇われている通訳」と、「雇われていない通訳」です。

後者は外部の業者として、都度もしくは一定期間業務委託契約を結ぶ形です。どちらかと言うとこの方が「プロの通訳」という趣が強いでしょう。

本稿の対象は前者の「雇われている通訳」。つまり、「企業内通訳」です。この企業内通訳 は「プロ通訳」に較べて表面的な難易度は低いと言えます。


何故でしょうか。それは、

  • 対象者
  • 環境
  • 話題

が同じだからです。本社を含めた社外の人の通訳をすることもありますが、話題や環境は同じことが多い。この3点が完全に新しいことはごく稀にしか起こらないでしょう。

「表面的には簡単」と先述しましたが、逆に考えると「レベルの高い通訳が出来て当たり前」ということでもあります。短期的に派遣されてくるプロの通訳と違って、慣れ親しんでいる内容の通訳をするわけです。当然スムーズかつ正確な通訳が求められます。

余談ですが、プロの通訳は現場に臨む際、かなりクライアントの情報を下調べをします。プロであろうと「知らない内容は訳せない」からです。

数年〜数十年に渡って下調べをしているも同然の企業内通訳は、この点において圧倒的に有利と言えます。

通訳の基本

まずはキホンから抑えておきましょう。2点です。

  • 大きな声でハッキリと話す
  • 知らない言葉はその場で聞く、調べる

です。

笑われそうなほど当たり前のことですが、意外と出来ていないもの。一つずつ見ていきましょう。

大きな声でハッキリと話す

これは通訳に限らず、社会人全員に当てはまることですが、通訳には特に重要です。

通訳の話す内容は、基本的にはその場にいる全員が聞いています。遠くにいる人もいるでしょうし、その言語が母国語でない人もいます。2つの言語両方を聞いている人もいます。そういった人たちのために、大きくハッキリとした声で話すことがとても重要になります。

これは簡単なことのようで、習慣化するまでは実はとてもむずかしいこと。誰でも自信がなかったり、迷いがあると声が小さくなりがち。ですが、通訳の声が聞き取りづらいと、その場にいる人間全員の時間を無駄にしてしまいます。

たとえ間違った通訳でも、「通訳が間違っている事実」をその場の全員が認識する必要があります。

自信がなくても、堂々と、大きな声で、ハッキリと通訳するようにしましょう。別に間違えたって良いのです。やり直す機会が多いのも企業内通訳の良いところです。

知らない言葉はその場で聞く、調べる

通訳をしていると必ず「知らない言葉」に遭遇します。

仕事の話を訳すわけですから、一般的なネイティブスピーカーでも知らないような専門用語を扱います。また、どの会社にも独自の「社内用語」がありますし、出身地によっても言葉使いが変わります。

「知らない言葉をどう訳すか」は通訳をする上で避けては通れない、厄介な問題です。

解決策は2つしかありません。「直接聞く」か、「その場で調べる」です。

最悪なのが「聞かなかったことにする」、「テキトーに訳す」ですが、一度もやったことがない通訳さんは少ないのではないでしょうか。恥ずかしながら私にも経験があります。

「直接聞く」は簡単です。通訳している相手に聞いてしまえば、違う言い方で説明してくれるでしょう。とはいえ、なかなか聞きづらい関係性の相手や、うまく説明をしてくれない相手もいます。この場合は「その場で調べる」しか有りません。

ここで重要なのは「常に調べられる環境を用意しておく。」ことです。

具体的には、「語学専用デバイス」を手元に置いておくことです。個人的には電子辞書がおすすめですが、パソコンでもスマホでもタブレットでも構いません。

ですが、「業務と共用」はダメです。必ず「専用機」とすること。

PCの画面上で資料と翻訳サイトを行ったり来たりするのは、通訳しながら調べるには手間が大きすぎます。一度で覚えられないことも多いので、ずっと表示させて手元に置いておくことも出来る専用デバイスは必須です。

語学力=通訳力ではない

意外かもしれませんが、語学力が高いからと言って通訳が上手とは限りません。

語学力=通訳力が成立するならば、生まれながらのバイリンガルなら誰でもプロの通訳になれることになります。ですが、実際そんなことは有りません。
通訳に重要になるのは、

  • 仕事内容の理解
  • 思考力

です。

仕事内容の理解

圧倒的に重要なのはこの点です。私はタイ駐在時に全ての通訳を担当しましたが、そもそも私の英語力は「プロの通訳」をするレベルには到底及びません。ですが、通訳すること自体はさほど苦になりませんでした(疲れましたが)。

この理由は「誰よりも仕事内容を理解している」からです。

タイ・バンコクには新規販売拠点の立ち上げスタッフとして赴任しました。実質的な実務のトップとして動いていましたので、私以上に現状を理解している人間はいないわけです。

多少英語が出てこなくても、知らない言葉が出てきたとしても、完全に理解している業務内容ならなんとかなります

最低限の語学力が身についているならば、後は仕事内容の理解に全力を投じても良いくらい、この点は重要です。

思考力

思考力とは「論理的思考力」のことです。通訳のプロセスは、

  1. 相手の言っていることを理解する
  2. 違う言語に変えて説明する
  3. 相手に理解させる

です。

構造を理解する理解力が必要であり、それをわかりやすく説明する「言語化力」が求められます。その根底を支えるのが「論理的思考力」です。

論理的思考力について説明すると、それだけで1冊の本になってしまいますが、通訳に限らず全社会人が学ぶべき内容になります。ぜひ本を買って学んでください。

ある女性通訳さんの話

思考力の話で思い出すのは、中国・江蘇省で働いていたときの話です。Cさんという女性の通訳がいました。彼女の日本語はお世辞にも流暢では有りませんでしたし、ちょっと怖いので最初は通訳をしてもらうのが不安でした。

ですが、しばらくすると社内で最も優秀な通訳であることに気が付きます。

日本語力はそれほどでもない(N1は持っていましたが)のですが、圧倒的に「思考力が高い」のです。

こちらの言っていることを理解する力、それを端的に中国語で説明する能力が抜群に高く、社内の重要な会議には必ず起用される通訳として活躍していました。

江蘇省は上海にも近いので、日本人に近い日本語力を持つ中国人もたくさんいましたが、そ れでもCさんを凌駕する通訳さんはほとんど見たことが有りません。
彼女によく言われたセリフがあります。

「最後まで話しきってください」


初心者の通訳ほど、短く切って訳したがります。気持ちはわかりますが、これは本当は悪手です。

全てを理解して、自分の言葉で再構築して通訳するからこそ、わかりやすく端的でした。初心者がいきなり真似できる方法では有りませんが、ノンネイティブの企業内通訳(しかも日本に行ったことはない)の一つの完成形であると今でも思っています。

外国語を学ぶと「流暢である」ことや「語彙が多い」ことに憧れを感じがちですが、それが全てでは無いという好例です。

主体的に話す〜場をリードし、コントロールする〜

通訳と聞くと、「受け身」であるイメージを持つ人は多いです。

ある人の話を聞いて、違う言語に変換して、またある人に伝えるわけですから、事象だけを見れば確かに「受け身」っぽい立ち位置に見えます。

ですが、特に企業内通訳においては「主体的に話す」ことが重要になります。

本人の話がまとまってない場合も多い

企業内通訳が相手にする人は、「喋りのプロ」では有りません。スピーチのように予め原稿があるケースも少ないので、「話す」という作業においては「素人がアドリブで話す」内容を訳すことになります。

すると当然、

  • 話がまとまっていない
  • 右往左往する
  • 途中で話が変わる
  • 話しながら考えるタイプである
  • そもそも本人が理解していないことを話している

ということがしばしば起こります。言語化能力と仕事の能力は別なので、「能力は高いけど言葉にするのが苦手」な人の通訳をすることもあるでしょう。

この場合、そのまま訳して相手に伝えても伝わりません。話し終わったからすぐに訳して伝えるのでなく、要点を整理させたり、本人に理解させたりすることも必要です。

言い方に工夫が必要ですが、「それじゃ伝わりませんし、そもそも私も意味がわかりません。」ということを伝えないと、仕事が進みません。

日本人でもそれ以外でも、よく通訳をしてもらった後に、「俺はたくさん喋ったのに通訳は一瞬だった。」という感想を聞くことがあります。

この原因には2パターン有り、「本当に通訳が足りていないパターン」と、「なにか言っているようで、内容がない」パターンです。

周りで聞いていたり、自ら通訳をしていても意外と後者の場合も多いもの。かく言う私自身も酔っ払うと同じ話を繰り返してしまうので、日々反省している次第です。

直訳はダメ

Cさんのエピソードと通底しますが、通訳において「そんまんま訳す=直訳」は機能しない ことが多いです。

先述の通り、そもそもアドリブで理路整然と話せる素人はほとんどいないので、通訳が理解・整理をする必要があります。

この際、「本人と同じ順番で話す必要は無い」というのもポイントです。ビジネス上の話し方、文章の書き方の基本にPREPという基本の順番があります。

  • Point :結論
  • Reason :理由
  • Example :例
  • Point :もう一度結論

というものです。アドリブでPREPに話せる人は少ないのですが、通訳がPREPに組み替えることは可能です。

性質の違いを理解する

PREPに組み替えることに関連して、性質を理解することの重要性も挙げられます。 そもそも日本語は一般的に結論が最後に来る言語です。

例えば、

「私は今日お腹が痛いので、仕事に行きたく有りません。今日中に終わらせるべき仕事が・・・」

という文章は日本語として一般的ですが、この時点では「来るのか来ないのか」がわかりません。

「今日終わらせるべき仕事がありますが、でもやっぱり無理です。」

かもしれませんし、

「今日終わらせるべき仕事があるので、行きたくないけど行きます。終わったら帰ります。」

かもしれません。

例えば、英語はYes/Noを先に言いやすい言語です(それでもダラダラ話す人もいますが)。言語以外の文化的背景も大きな要因となりますが、日本語と、自分の母語の性質の違いを理解しておくことも必要でしょう。

また、自国人と日本人の性質の違いも抑えておくと良い通訳に繋がります。日本人は曖昧な表現を好み、一方で中国人やアメリカ人ははっきりした結論を好む傾向があります。

例えば「中国人にはもっとハッキリ言ったほうが良いですよ」といったアドバイスを挟むのも、特に出張者など中国に慣れていない人が相手の場合に有効でしょう。

通訳対象を鍛える、育てる

海外駐在員の仕事の一つに「通訳の育成」があります。日系企業なら日本語及び日本語通訳のレベルを上げてもらうことが、全体の効率に好影響を与えるからです。この点は理解されやすいですが、実は逆もまた然り。通訳から駐在員を育てる事も可能であり、重要です。

「通訳を通して話す技術」も実は非常に重要なのですが、通訳から伝えることでこの技術を上げることが可能です。

「こう話してもらえると訳しやすい」とか、「その表現は曖昧なのでわかりにくい」といったことを少しずつ伝えるとスムーズに訳せるようになっていきます。

駐在員も通訳もそれぞれクセがあります。クセを把握しつつ、お互いが話しやすく・訳しや すい環境を構築することはWin-Winに繋がります。

意見と事実を区別する

この点も非常に重要です。特に企業内通訳は、「自分もその企業の従業員」なわけなので、日頃から自分の意見を持っています。

こんなエピソードが有りました。 あまり通訳が上手でない新人のBさん。僕もこのときはだいぶ中国語が理解できるようになっていましたが、Bさんの育成のために、わかっていても通訳をしてもらっていました。 とある工員さんが仕事の内容についての不平不満を言いに来たときのこと。 一通り訳し終わった後にBさんはこう付け足しました。

「うちの会社は給料が安いので」

その工員さんは間違いなく給料については言及していませんでしたが、Bさんは勝手に「自 分の感想」を足してしまったわけです。

僕は工員さんの話を聞き、理解していたので即座に注意しましたが、これが中国語の分からない日本人だったらどうなるでしょうか。

この工員さんは、言ってもいない文句を言ったことにされてしまいます。濡れ衣というやつですね。ウソみたいな話ですが、実際に通訳をしてもらっているとこういうことがよく起こります。

また、企業内通訳の場合は自分が担当する業務だったりする場合も有り、訳すより自分が答えたほうが早い場合もあります。ですが、話している本人が求めているのは通訳さんの意見でなく、その場にいる人の意見であるかもしれません。

意見と事実(通訳対象が話している内容)はハッキリ区別しないと場が混乱します。自分が意見を述べたほうが良いと思う場合は、まず通訳した後に、「これは私の意見ですが」と前置きした上で伝えるようにしましょう。

あとがき

日系企業、駐在員にとって、企業内通訳は欠かせない存在です。

皆さんなくして仕事は進みません。昨今AIの通訳などが話題になりますが、専門用語、社内 用語が飛び交う現場の通訳をAIが担えるようになるまで、まだしばらく時間がかかるでしょ う。

通訳だけでなく一般業務も担うのは大変ですが、僕らと共に学び、成⻑して行きましょう。

当たり前ですが、外資企業においてその本社の言語を扱えることは非常に大きなアドバンテージです。

自分自身のキャリアのためにも、日々学習を怠らず、通訳力・思考力を磨いてください。

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